1、せめぎあいの末に・・・
昨年の9月。パートナーのK子さんとこどもたちが、突然「セキセイインコが欲しい!」と言いはじめた。どうやら、ペットショップでそのかわいさに魅了されてしまったらしい。
私は反対だった。いのちを預かるのは大変なことだし、こどもたちがずっと世話をするとは思えない。
なによりも、毎月家計がピーピーなのに、家族が増えたらますます苦しくなってしまう。
「少なくとも、冬のボーナスまでは待とうよ。それまで冷静に考えよう。」
そう伝えた。
そレからしばらくたった、10月22日。
帰宅した私に、K子さんが「ごめん・・・」と言い始めた。
「インコ買っちゃった!」
◇◆◇◆◇
2、家族が増えた!
「えーっ! ボーナスまで待とうって言ったじゃん!」
と、いまだにぎこちない標準語で憤りを表したけれど、後の祭り。
6人家族が7人・羽家族になった。
新しく加わったのは、生まれて2か月のモモちゃん。
青い色のセキセイインコ。
「ちゃんとお世話してね!」と私。
シロを拾ってきたクレヨンしんちゃんに、ちゃんと世話するよう注意するみさえさんみたいな台詞を吐いていた。
〈観葉植物を「かわいい~!」と言って買ってきては何本も枯らしてきたK子さんに、本当にお世話ができるのだろうか?〉と不安を覚えながら、その夜は眠りについた。
◇◆◇◆◇
3、溺愛
ところが・・・ふたを開けてみると、一番溺愛していたのは、なんと私だった!
まだ赤ちゃんだから、ぎこちなくトコトコと歩く姿。手のひらで愛嬌を振りまくモモちゃんのつぶらな瞳。なんだか、すべてがかわいかった。
去年の秋は、学生の頃からお世話になっていた同僚の先生がご病気で亡くなり、それ以降、かなりストレスのたまることが続いていた。
そんな私を癒してくれたのが、モモちゃんだったのだ。
いつも、とにかく一緒だった。
原稿を書く私がカタカタと打つキーボードに興味があるのか、モモちゃんもキーボードの上に飛んできて、くちばしでコツコツと叩き始める。
「邪魔しないでね~」と言って肩に乗せるのだけれど、また飛び降りてくる。
「かわいい~!」と言ってチュウチュウ。
でも、エサや水をかえる基本的なお世話は、K子さんやこどもたちに任せっきりで、数えるほどしかしなかったのだけれど。反省。
◇◆◇◆◇
4、モモちゃん、飛び立つ
2019年11月29日。それは起こった。
いつものように、朝、洗濯物を干しながら、モモちゃんと戯れていた。
洗濯物を干すときは、別の部屋にモモちゃんを追いやってふすまを締めてから、ベランダの窓を開ける。
この日も、いつもと同じように、そうやってモモちゃんを安全な所に移してから家事をこなしていた。
洗濯物を干し終えたところで、ベランダのお花や野菜に水をあげ忘れているのに気が付いた。台所までじょうろに水を入れに行き、窓まで来た。
ところが、モモちゃん、なかなか別の部屋に行こうとしない。
そのとき、ちょうど、ドア向こうの台所のほうへ飛んで行った。
「よし、いまだ!」
ベランダの窓を開け、外に出る。
ちょうどそのとき、台所にとまるだろうと思っていたモモちゃんが、バババと踵を返して飛んできた。
なんとか体を張って出ないようにしようとしたけど、モモちゃんは隙間をぬって飛び出してしまった。
◇◆◇◆◇
5、狼狽と後悔
モモちゃんは、まだ見えるところにいる。
「モモちゃん!」
モモちゃんは、自分のところに帰ってきてくれる。だって、あれだけ一緒に遊んだのだから。
そんな、なにも根拠のない自信がなぜか私を支配し、「モモちゃん!」と大声で何度もさけんでいた。
でも、どうやら帰ってきてくれそうにない。
そこでようやく「たいへんなことをしてしまった!」と狼狽し、体が震え始める。
追いかけなきゃ!
すぐ外に出たけれど、モモちゃんの姿は見えなくなっていた。
「モモちゃん!」と叫びながら歩く、小太りの中年男性。
ご近所をのみなさんには、とても奇異な姿だったに違いない。
〈どうしよう、どうしよう・・・〉
授業があるから、これ以上探しに行けない。激しい後悔が、私を襲った。
勝手に涙があふれ出ていた。