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ものぐさ講師の徒然日記

窓際大学教員が、日々の暮らしで感じたことを、徒然なるままに綴っています(日・木曜日に更新)

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【新型コロナウイルス問題10】ある看護師の苦悩

Posted on 2020年6月14日2020年6月14日 by monogusalecturer2021

◆葛藤

私のパートナーK子さんは、訪問看護師。K子さんにとって訪問看護は天職で、毎日たのしそうに仕事をしている。新型コロナウイルスの問題が大きくなってからは、万がいち自分が感染していて利用者さん(=患者さん)にうつしたりしたら大変な事態になってしまうから、毎朝の検温がK子さんの日課となった。

朝の検温を続けていた3月下旬のある金曜日の朝、K子さんの体温は37.2度あった。こどもであれば予防接種を受けられる平熱の範囲内だけれど、体のだるさも感じたK子さんは、念には念を入れて職場に連絡。上司の命令で、仕事をいっとき休むことになった。

翌日も翌々日も、熱は37.1度~37.4度のあいだをいったりきたり。〈軽い体のだるさはあるけれど、休むほどではないような・・・。それなのに、職場のみんなに自分の仕事が割り振られ、負担を重くしてしまって、ほんとうにごめんなさい・・・。〉そういう気持ちが、K子さんの心のなかで、徐々に大きくなっていた。

◆相談

4日目。PCR検査を受けて白黒はっきりつけば、同僚にも利用者さんにも迷惑をかけなくて済む。意を決したK子さんは、相談センターの番号がわからなかったので、町の保健所に電話を入れた。

「微熱が4日続いているのですが・・・」

「37.5度以上ありましたか?」

「いいえ、37.1度から37.4度の間を行ったり来たりしています。」

「では、海外渡航歴はありますか?」

「いいえ、ありません。」

「感染者との濃厚接触の可能性はありますか?」

「いいえ。」

「でしたら、今後、37.5度以上の熱が4日以上続いたら、主治医の先生に相談してください。」

「でも、私、医療職なので、万が一自分が感染していて患者さんにうつしたりしたらたいへんなことになってしまいます。何とかなりませんか?」

「そういわれても、基準に該当しないので、検査は難しいです。」

◆恐怖

保健所の助言に従い、家族でいつもお世話になっている内科の先生に相談したところ、こういうご時世だから、高齢の利用者さんにうつしてはいけないので、完全に熱が下がったらまた診察においで、という方針になった。結局、発熱は1週間ほど続いた。熱が下がった翌週の金曜日、再度かかりつけの先生の病院で受診。K子さんは、週明けから出勤してよいというお墨付きをもらった。

それでも、K子さんは恐れていた。〈クルーズ船のニュース以来、症状は無くても感染している事例があるとさんざん報道されてきた。ましてや私は微熱とはいえ発熱があった。万がいち自分が感染していたら、患者さんにうつしてしまうかもしれない。そうなったらどうやってもお詫びすることはできない・・・。2週間休むべきだろうか。でも、うちの職場には災害時休暇制度がない。2019年度の有休も使い果たしてしまった。どうしよう、どうしよう・・・。〉

このような迷いのなか、同僚にも悪いという気持ちから、K子さんは仕事に復帰した。いつもお世話になっている患者さんにうつしてしまうかもしれない、というK子さんの当時の恐怖を思うと、私は今でもいたたまれない気持ちになる。

ふつうの風邪もひきやすい冬から春にかけて、多くの医療従事者が、こうした葛藤を抱えていらっしゃったのではないかと思う。

◆制度

そんな葛藤を払拭し、患者さんに迷惑をかけるという最悪の事態を回避したかったからこそ、K子さんはPCR検査をしてほしいと望んだ。制度上、相談センターや保健所にまず相談しなければ検査できなかった。そして、検査するかどうかという基準は、K子さんが実際そう言われたように、「37.5度以上の熱が4日間以上続いているか」「海外渡航歴はあるか」「濃厚接触の可能性はあるか」だった。結果、どれにも該当しないと判断されたK子さんは、検査の対象から外された。

症状のない市中感染も広がっているなか、医療従事者は、万がいち自分が感染していたら、患者さんにうつしてしまうかもしれないという恐怖に加えて、世間から理不尽な袋叩きに合うという恐怖にも直面していた。だからこそ、検査は必要だった。けれども、K子さんと同じように、検査して欲しくてもしてもらえないという方は、たくさんいらしただろう。

その最大の壁となったのが、検査するかどうかの判断を行政が行うという制度であり、基準だった。

◆改善

でも、5月になって、厚労相は、あれは基準ではなく目安であり、基準と思われたのならそれは誤解だと国会で言い放った。だったら、相談センターや保健所は、いったい、何に基づいて国民の検査を断ったというのか。K子さんは、いったいなぜ、断られてしまったというのか。理解に苦しむ。

おおくの医療従事者を苦しめる基準をつくったはずの当の主体が、いともあっさりと、苦しみぬいた人たちの勘違いだったのだと、責任を転嫁する。そして、自らに非はなかったのだと責任を回避しようとする。このままでは、医療従事者のみなさんの直面した葛藤を解消する制度上の手立てがなんら講じられないまま、新型コロナウイルスの第2波、第3波を迎えてしまいかねない。その結果、医療従事者が満足に職務を遂行できなくなり、苦労するのは私たち国民である。

そんな恐ろしい未来を回避するためにも、韓国や台湾がいち早く導入し、ウイルスを抑え込むのに成功した仕組み、すなわち、疑いをもつ希望者全員がPCR検査を受けられるような制度へと、早急に改善すべきではないだろうか。それが難しいというのなら、少なくとも、自らの感染の疑いをもった医療従事者だけは無条件で検査を受けられるよう、一刻も早く制度を改めるべきだと思う。

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